時事川柳研究会
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初代・柄井川柳
初代・柄井川柳(からいせんりゅう)
時事川柳とは

 俳句や短歌の文語体をリズムのよい口語体にしたものが川柳で、それを鋭い切り口で座り良く仕上げたものが時事川柳である。

 川柳は、俳句と同様、「五・七・五」の17字(音字でも)として定型の詩である。川端康成が「川柳が小説に一番近い」との記述があるが、まさに、大衆文芸として江戸中期に興った。川柳の名前の由来は、江戸中期に「前句付」の点者であった柄井川柳(天保2年=1718〜寛政2年=1790)によるが、文芸の呼称として人の名前が付いているのは川柳だけであり、特異なことである。柄井川柳は40歳で点者となり、約33年間の点者生活の中で、およそ260万句の募集があったといわれている。

 柄井川柳の人気の一つに、人柄のよさもあったようであるが、入選句の中から佳句を選び出して集句集を作り、入選者への一種のサービスでもあったが、ある面では「このような句が入選しました」といった宣伝や作句の見本的な教材でもある。入選句から厳選した句の集句集である『誹風柳多留
』の刊行が行なわれた。
 初篇から24篇までが柄井川柳の選といわれ、内容が重く「古川柳」と呼ばれている。

 辞世の句として

 木枯や跡で芽を吹け川柳

 柄井川柳の作の真偽のほどは定かではない。毎年、命日である9月23日に龍宝寺において川柳忌が行なわれている。